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義基 憲人のブログ


欧米の富裕層・・・
先日、英文のメールが届いた ウインドウの二つの絵を買いたい ホームページからのメールだった ・・・確かに3日・・・ 外国人観光客の中年女性が ビジネスカードを欲しいと 私はプロフィールカードを渡した その彼女からのメールだった 幾度かメールのやり取りをした EMSで発送することに 2点の絵と送料の合計金額をメール 翌日には私の銀行口座へ振込まれた まだ国内を旅行されているのに しかも海外から振り込んで翌日入金 そのような方法があることに 時代に置き去りにされている私は感心 帰国の予定を尋ねると10月30日 絵をご覧になったのは9月3日 その日以前から旅行されていたはず 欧米からの富裕層の海外旅行 確かに1カ月以上も旅行する そのように話す方は何人もいた 多分・・・文化が・・・ 生活の楽しみ方が・・・違う? ・・・近所の商人達は この夏は富裕層が少なかった・・・と 私も・・・そう思う・・・
9月14日


ヒッツFM
地元の放送局「ヒッツFM」 毎月第一土曜日に 出演させて頂くようになって もうすぐ1年になる ナビゲーターの彼と話していると 先日もつい夢中になって 話し続けている自分に勝手な満足 高山は「飛騨の匠のまち」であり 高級家具の産地で有名なまち 50余年前に 伝統的工芸品に指定された 飛騨春慶塗と一位一刀彫 そして歴史ある陶器や磁器 多くの家具工房やクラフトマン その歴史に育まれたまち・・・ つい先日 遠くの街から美大生が訪ねてきた 彼女は素直に自身を話してくれた 若い人ならではの膨らむ夢と不安 彼女の作品の写真を拝見した 私は作品を評することはなく ただ素直に自分の思いを語った ・・・そして・・・日曜日 彼女からのメールが届いていた ・・・ 彼と私がラジオで語る言葉が 若い作り手たちの何らかになれば ・・・そんな番組だと・・・
9月7日


雨・雨・雨・・・雨
27日木曜日 北陸に線状降水帯が・・・ 能登半島の母の実家の志賀町も そして富山の氷見市も・・・ 大きな地震の後まだ間もない 朝からずっと雨のニュース その朝は高山も激しい雨 可児市の病院へ出かけたのが 水曜日で良かったと家内と 高山も降ったり止んだりだけど 雨の予報が出続けている 土曜日、やっぱり雨 高山市は市長選挙最終日 多くの観光客で賑わう街 雨が小止みになった午後 候補者二人の選挙カーが 名前を連呼して走り 車を降りた候補者が 人波を分けながら街を歩く 私は彼の目を見つめて握手 きっと彼は再び市長に・・・ 土曜日の夜から福井に大雨 高山も雨が降る ほんのちょっと前には 千葉でも北海道でも線状降水帯 今度は北陸・・・ 少し陽ざしが出た日曜日の午後 多くの観光客が行きかう・・・
8月31日


移る時・・・
8月22日土曜日の朝 家内が「少し涼しくなったね」 そう・・・気温は変わらないけど なんとなくちょっとだけ 9時25分、いつもの通勤の道 少し長くなった影を選んで歩く そう・・・やっぱり違う通る風が お盆を過ぎると・・・秋が それが今までの通説だったけど お天気は変わってしまった ずーっともう何カ月も暑い 秋なんて簡単には来ない そう思っていた・・・けれど・・・ 角を曲がると 東風の中に密かに冷たい空気が 熊本の大地震、千葉の大雨 何故と思う悲しく辛い天災が続く その上熊本はずっと暑いらしい 地震と猛暑・・・酷暑・・・? 東京近辺は昨日も激しい雨 高山は雨が降らない 御母衣ダムは底が見えてきた 私は同じ時を繰り返すだけの日々 開店と同時に外国人親子が 母親が子供たちに絵の説明を そして・・・日本語で「ありがとう」 今日の我が街は歩行者天国 以前の様子とは・・・時が移った
8月24日


ラッキーでした
7月の下旬ころアメリカから 高山の絵が欲しいとのメール しかも4点も・・・ ただ・・・アメリカには 高山から今は送る術がない 一旦難しいと返信・・・ でも・・・なんとか送りたい その次のメールで・・・6点に そんなにもおっしゃって下さる そのお気持ちを一層何とかしたい 確認のために高山郵便局へ電話 やっぱりダメ・・・無理・・・ 何とかしたい・・・なんとか 私には無理に近いけれど探す フェデックスにも問い合わせを ・・・私には・・・難しい ありました・・・あったのです アメリカへ送ってくれる会社が 日本の会社でありました しかもEMSと差のない価格で しかもしっかりした会社でした 本当に運が良かった そのアメリカのお客さま 10年ほど前にお仕事で 2年間高山にお住みだった・・・ そして私の店の前を幾度も通った そして・・・私の絵を観ていた とにかく・・・ラッキーでした
8月17日


もうすぐ市長選挙
今月末ころに 高山市長選挙があります 高山市長さんと私の関わりは 日下部市長さんから 私はまだ30歳代でした 日下部さんは 飛騨民芸協会の会長であり 飛騨木工連合会の会長でも 私も民芸協会の会員でしたし 木工連合会とも 深く関わらせていただきました 飛騨のクラフト協会を 企画されたのも日下部さんでした その後の土野市長さんにも あれこれ良くしていただき 次の國島市長さんとの会談から ものづくりの会を立ち上げました 現市長の田中明さんは 高山市の海外戦略部長でした ものづくりの会でお会いし デンバーでの個展の折は 私の講演の通訳もしていただき いわゆる仲良しになりました さてこの夏どのようなことに 一介の紙切りにとって このような人たちとの関りは 田舎だからこそのことです・・・
8月12日


兆し
8月を迎えた スッキリしない7月だった 去年の夏にも感じていた 売れ筋がはっきり変わってしまった 1年を通して・・・ いつも安定して売れている いくつかの絵が売れなくなる 特に3作 その絵たちが売れなくなると ガタンと売り上げが落ちる そんな「兆し」の3作・・・ いずれも私の原点ともいえる絵 きりえを初めたころからの絵 1カ月ほど前 迷いはあったけれど その内の1点をサイズアップ やはり・・・全く売れなくなった なんとなく心にあった「兆し」 素直にその絵のバランスを大切に そんな原点的なことを甘く見ていた 一回り小さいゆえの迫力 それを失わせてしまった ずっと制作していなかった絵 なんだか売れるような気がして 思い出したように展示した オランダ人カップルが買った
8月3日


道は遠い
26日日曜日、ちょっと涼しい 出勤の道に人影は少なく いつもの公園には誰もいない お昼ころには雷が鳴り雨も・・・ 昨夏からのトランプ関税 郵便局のEMSでアメリカへ送れない 私なりに考え対処もしたけれど お客さまに負担をおかけすることに 無理筋で本筋ではなかった 方法はあったのかもしれない 私にはそれ以外思いつかなかった 「努力もやる気も不足している」 そのように言われれば言葉がない 数日前、アメリカから注文メール なんとかこのご注文をまとめたい しかし・・・アメリカ・・・ フェデックスが利用できないか Sさんに助けを求めた・・・ パソコンにフェデックスを設定 やっぱり難しそうだけど有り難い チャンスが生きるかもしれない 何故か正しい方法なのかと疑念 中々・・・納得できない・・・ こんなことが1年も続いている ・・・不思議・・・???・・・ 解決への道は遠い しばらくして雨は止んだ・・・
7月27日


・・・ようやく
送った作品が戻ってきた スペインへ送った富士の絵 スペインの税関から戻ってきた お客さまへメールで連絡 思うに任せない時間が流れた ようやくスペインへの送料を請求 快く振り込み送金していただいた 前回と同様に郵便局のEMSで 今度は無事に届くことを願った 国際郵便の発送履歴で状況の確認 順調にマドリッドに着いた しかし・・・ずっと税関検査中 ようやく2週間後無事に配送 お客さまからのメールも届いた 写真が添付されていた その写真に私の桜の絵が・・・ 二度目のお求めだった・・・ フランスのお客さまから 無事届きましたメールに続いて 丁寧な英文の礼状が届いた 今年はちょっと減った感じだけど 海外との取引が当たり前に・・・ でも4月下旬のメキシコへの荷物 受け取り手が不在で戻された荷物 まだ私どもへ戻ってこない・・・ お客さまからメールは届いている ようやく一つ決着したけど・・・
7月21日


優先すべきは・・・
先月の31日 携帯の具合がおかしくなった 私の能力では勿論解決しない ソフトバンクに電話し出かけた その件は解決したけれど・・・ 「新しくしませんか・・・?」 「今日までが好条件です・・・」 勿体ない気持ちで迷いに迷った そして・・・もう一つ 携帯を買い替える時は 家内と私が同じ機種の色違い 同時にするのが今までだった 使い始めて10日が過ぎた 以前のは裏面に帯状の段差が そのデザインも新鮮だったし 持ちやすくもあった 新しいのは凸も凹もないまっ平 慣れてないし滑って持ちづらい その上・・・不安が・・・ 最近は手先のミスが多くなった これまで携帯を含めモノ選びは 先ずは見た目デザインだった でも今回はそんなこと無視で 持ちづらさの解決が最優先 携帯のケースを買うことに けれど・・・家内のこともあって 一層気持ちはスッキリしない ・・・
7月13日


繰り返しの時間
家内の腰痛が悪くなって 昨秋から美濃加茂市の病院へ 3日の金曜日は好天に恵まれ ほぼ山中の高速道路を約2時間 何気ない眠気覚ましの会話 緑色の山、山、山、そして青い空 家内と二人で遠くまで行ったのは 56歳の時、仲間との二人展 島根県の出雲市のギャラリー 帰りに子供のころ住んでいた松江へ 松江城のお堀のすぐそば北堀町 街も小泉八雲邸もきれいに整備され 住んでいたころとは違う感じに 同じ年の秋かな・・・ 日本橋三越本店へも二人で行った 日本橋三越本店を見せたかったし 担当の女性社員さんにも・・・ 銀座1丁目のホテルに宿泊 二人で夕暮れの銀座通りを歩いた 同じ高速道路を通っての帰り道 少しだけ気持ちだけ急いでしまう トンネル、トンネル、トンネル 静けさを避けるだけの思い出話 行きも帰りも同じ歌手の同じCD 話もBGMも繰り返しで過ぎる時間 ・・・無事帰宅・・・ありがとう
7月6日


・・・やっぱりやっぱり
数日眺めていた富士40の絵 暫く前にも富士50を修正した 修正・・・一からの見直し この富士40も・・・ゼロから 「安らぎ」と「明日も頑張ろう」 それが伝わらない 富士は特に「明日も頑張ろう」 それを伝えたい この富士40も安らぎだけ 私の絵の特徴はやわらか そしてきれいで和モダン それなのにモダンがボケてる 以前に修正した富士50も きっかけは数年前 富士78の修正からだった 安らぎは伝わってもそれだけ これではだめの思いにかられた 中々手を付けられなかった 弱弱しくも感じてしまう 弱弱しさと優しさは違う 制作意図が伝わらないはダメ 日本の象徴富士山に 優しさだけを求めていた やっぱりやっぱりと見直した 今までもこれからも 私はやっぱりを繰り返す・・・ 英語が不十分でも 絵に託した思いは伝わる
6月29日
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